湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

05.夢の男電車

第一話:明るく未来を語る男

実際に走っているのを見たことはないのですが、最近では女性専用車両というのが出来たらしくて、今朝のテレビニュースでも話題になっていました。そうすると出てくるのが、女性専用があるなら男性専用も作ってくれよ、というもっともな意見です。だけど、朝の通勤電車の乗客は女性よりも男性のほうが圧倒的に多そうなので、男性専用車両を作るとしても、もっと細分化する必要があります。

この場合、争いごとのない快適な男性専用車両にするためには、タイプ別がよいと思われます。たとえば「明るく未来を語る男」専用車両とか「無口だが責任感のある男」専用車両とかです。

ただ、これはあくまでも自己申告ですので、タイプ別車両に乗った男たちは、いかに自分がそのタイプに適しているかを、他の男たちに納得させなければなりません。

「明るく未来を語る男」専用車両に乗った男たちは、通勤電車の中で熱く語るわけにもいかないので、行動で示すことになります。おおまかに言って、「明るい未来」を相手にイメージさせるには、いかに自分がポジティブに生きているかを表現することが効果的です。ですから、疲れた顔をして座席で居眠りしている姿など他の男たちに見せるわけにはいきませんし、吊り革につかまるのも何かにすがっているようで、ポジティブな生き方とは言えないので出来ません。

そのうち「明るい未来」をエネルギッシュに表現するために、甲子園の星を夢見る高校球児のようにつま先立って足腰を鍛える男も出てきて、それを見た「明るく未来を語る男」たちは競い合うように次々とつま先立ちになり、そのうち車両内のすべての男たちが座席にも座らず、吊り革も持たず、涼しい顔をしてつま先立っているという異様な光景になってしまうのです。

夢の男電車は明日も行く~

第二話:続々と男性専用車両登場

いくら「明るく未来を語る男」たちだからといって、動く電車の中でつま先立っているというは無謀です。カーブでちょっと電車が揺れるとよろけ、ぐっと踏ん張って、またあわててつま先立つという繰り返しでした。そしてついにその時は来てしまったのです。

カーブ手前で前方に危険を感じたのか、運転手が急ブレーキをかけました。運転手だってまさか車内でつま先立って明るい未来を表現している乗客たちがいるとは思ってもみませんから。それに急ブレーキと言っても普段ならちょっとよろける程度の揺れです。しかしつま先だっている男たちにはたまりません。男たちは一瞬にして一人残らず床に折り重なって倒れてしまいました。

「危険防止のため急停車することがございますのでお近くの吊り革、手すりにおつかまりください」という車内アナウンスがむなしく流れる中、男たちは積み重なって倒れたままピクリともしません。アナウンスが終わり一瞬の静寂が広がった後、ガタンと電車は動きだし、それに合わせるかのように一人の男がついに口を開いたのです。

「すばらしい運転だ、運転手さんの的確な判断があって、とにかく危険は回避できたぞ。運転手さんの機転で被害は最小限にくい止められたのだ。ありがとう運転手さん。ブラボー」

男の声に呼応するように、倒れていた男たちは次々に起き上がり、自分たちの強運を口にしました。「ああ、なんて幸運なんだ、未来は明るいぞ」「おお、やはり神は存在したのだ、未来は明るいぞ」と明るく未来を語る男たちは、明るい未来を口々に語ったのでした。

その様子を冷やかに見ていたのが隣の車両、「無口だが責任感のある男」専用車両に乗っていた男たちでした。

夢の男電車は明日も行く~

第三話:無口だが責任感のある男

「無口だが責任感のある男」専用車両に乗っている男たちは、身なりもきちんとし、吊り革につかまる姿も気品にあふれ、責任感に満ちた精悍な顔だちをしていました。もちろん年配の人が乗ってくると、男たちは無言で立ち上がり席を譲り、譲られたほうも遠慮せず、傲慢さも見せず、みんなが流れるように行動していました。

責任感に満ち、思いやりのある男たちに言葉はいりません。この車両に乗ってくる男たちは、顔を見合わせただけでお互いの立場や事情をすべて察し、それを尊重し、理解し、協力し合えるように努力しました。車内には和やかだけれども規律正しい爽やかな空気が流れていました。

そこに一人の女性客が突然乗りこんできて、車内の規律は一気に乱れました。言うまでもなくこの車両は男性専用ですし、その中でも特殊な「無口だが責任感のある男」専用車両なのです。男たちはざわめきました。しかしその女性客は周りの空気を察することなく、いっこうに自分の間違いに気づく気配を見せませんでした。

責任感のある男たちはしきりにアイコンタクトでその女性に「この車両は男性専用だよ」と伝えようとしました。しかし、男性同志ではあんなに分かり合えていたアイコンタクトが、女性にはまったく通用しません。それでも無口だが責任感のある男たちは、あきらめずに代わる代わるその女性に懸命のアイコンタクトを試みたのでした。

ところがその女性客ときたら「ああ、男たちはみんな私を意識しているわ。美しいって罪ね。さあ、誰が私に愛を告白するの。だけどみんないい男ね。無口だけど責任感がありそう」なんてことを思う始末です。

突然の女性の乱入に規律が乱れ右往左往する様子を楽しそうに見ていたのが、隣の車両、「権力に屈しない男」専用車両に乗っていた男たちでした。

夢の男電車は明日も行く~

第四話:権力に屈しない男

「権力に屈しない男」専用車両に乗っている男たちは、いかなる巨大な権力にも屈することのない強靱な精神力と揺るぎない正義感を持っていました。だからといっていたずらに既存権力に反抗するのではなく、その行動は常に冷静で健全な思考に基づいていました。まさに、弱きを助け強きをくじく、という典型的な正義の味方たちなのです。

とにかく正義の味方ですから、その包容力といったら計り知れません。権力に屈しない男専用車両に、間違って女性が乗ってきたとしてもまったく動揺せず、無理に出て行ってもらうこともありません。たとえそれが規律に違反し、権力に反することであっても、男たちは一人の女性を守るために徹底的に戦う覚悟も出来ているのです。

そんな権力に屈しない男専用車両の噂は瞬く間に広がり、この車両には安全を求めてお年寄りや子供たちが集まるようになりました。そのうちペットを連れて乗り込む人も出てきて、やがてこの自由で安全な楽園でペットと共に暮らし始める人が出てきたのです。

それでも、はじめはイヌやネコだけだったのですが、そのうち牛や馬など家畜を飼う人も出てきて、ついにはゾウやキリンを飼う人も現れました。もちろん権力に屈しない男たちは、そんなことくらいで動揺することなどなく、動物たちの寝床のために干し草を積み上げたり、食事の準備のために野菜を刻んだりしていました。

そんな移動動物園のような車両をうらやましそうに見ていたのは、どの車両にも乗ることが出来ずにホームに取り残されていた男たちでした。

夢の男電車は明日も行く~

最終話:湯上がりの恥ずかしがり屋

タイプ別男性専用車両が増えたため、一般車両にしか乗れない男たちでホームはあふれていました。専用車両に乗る人は比較的少なく、その分一般車両のほうが超満員状態になっていたのです。ただ専用車両に乗る条件は自己申告であるため、この男たちの中にも専用車両に乗る資格のある男はいるでしょうし、自分で主張すればどの車両にも乗れるわけです。しかしホームに取り残された男たちは、何を主張するでもなく、きちんと整列してひたすら次の電車が来るのを待っていました。

その光景を見ていた一人の若い女性が男たちのふがいなさにしびれを切らして叫びました。「あなたたちには誇りや自信がないの。なんてだらしない男たちなの」

その声を聞いてホームの男たちは少し動揺したようでしたが、誰も口を開こうとしませんでした。しかしやがて一人の男が重い口を開きボソボソと話しはじました。「ボクは通勤電車に乗る時は、ささやかだけれど、風呂に入って念入りに体を洗い、着ている服も毎回洗濯して清潔にしています。満員電車に乗っても隣の人が不快にならないように出来るだけ気をつけています。ボクにはそれくらいしかできないんです」

それを聞いていた「明るく未来を語る男専用車両」に乗っていた一人の男が叫びました。「よく言ったぞ。その地味な積み重ねが明るい世の中を作るんだ。キミの未来は明るいぞ」

「無口だが責任感のある男専用車両」に乗っていた男はかみしめるように言いました。「そうだ。それでいいんだ。常に他人のことを考えて行動することが重要なんだ。その小さな思いやりがやがて大きな力になる。責任ある行動とは派手なものじゃない。人としてあたりまえのことをすればいいんだ」

「権力に屈しない男専用車両」に乗っていた男は、干し草を積み上げる手を休めて言いました。「そうだ。その通りだ。他人の表面的な批判に左右されてはいけない。正義とは自分の心の中で育てていくものなんだ。そうやって毎日を堅実に生きていけば必ず理解される日が来る。いっしょにがんばろうじゃないか」

湯上がりの男は少し恥じらいながらその言葉にうなずき、順番どおりに超満員の一般車両に乗り込んでいきました。

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