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板橋区立美術館所蔵 狩野派以外全図録

板橋区立美術館所蔵 狩野派以外全図録

板橋区立美術館所蔵 狩野派以外全図録
発行日:2013年2月23日
発行:板橋区立美術館
内容:板橋区立美術館所蔵のうち、狩野派以外の作品を紹介。各作品のカラー図版、作品解説、作家解説を収録。

板橋区立美術館所蔵品図録 1990年版
板橋区立美術館所蔵品図録Ⅱ 1995年版
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収録作家一覧

池田孤邨(1801-1866)酒井抱一に学ぶ、琳派継承者として光琳作品の縮図集出版、別号孤村
板谷廣隆(1786-1831)廣長の長男、西丸御用を仰せつかる、号桂舟
板谷廣長(1760-1814)廣當の子、奥御用を仰せつかり神田鎌倉横町に町屋敷を拝領、号桂意
板谷廣當(1729-1797)住吉廣守門人で奥絵師板谷言の祖、号慶舟・桂舟
宇喜多秀家(1572-1655)武将、秀吉から五大老に列せられた、慶長の役では朝鮮に渡った
歌川国貞(初代)(1786-1864)浮世絵師、初代歌川豊国門人、幕末期最高の人気絵師、三代豊国
歌川豊春(初代)(1735-1814)浮世絵師、歌川派の祖、西洋銅版画を参考に合理的遠近法を追究
歌川豊広(不明-1829)浮世絵師、歌川豊春の門人、面長で長身の全身像の美人画を多く描いた
歌川広重(初代)(1797-1858)浮世絵師、「東海道五拾三次之内」で風景画家の地位を不動とした
栄松斎長喜(不明-不明)浮世絵師、別号子興・百川、鳥山石燕門の子興とは別人説が有力
岡田閑林(1775-1849)文晁門とされるが南蘋風の写実画法に興味をもちやや堅い南蘋風が特色
岡本秋暉(1807-1862)小田原藩士、彫金家石黒政美の二男、渡辺崋山・椿椿山と交流した
織田瑟々(1779-1832)津田貞秀の長女、独自の桜図を考案、何処の桜かを銘記するのが特色
勝川春潮(不明-不明)浮世絵師、役者絵の勝川春章門だか美人風俗画を得意とした
葛飾北斎(1760-1849)浮世絵師、多くの門人を育てる、「冨獄三十六景」は世界的に知られる
加藤信清(1734-1810)狩野玉燕師事と伝えられる、江戸の様々な寺に文字絵による仏画を寄進
楫取魚彦(1723-1782)国学者・歌人、絵を建部凌岱に学ぶが俳諧も好み青藍と号した
川又常正(不明-不明)浮世絵師、常行門と考えられる、肉筆美人画を多く描いた
祇園井特(1755?-不明)京都の浮世絵師、実在のモデルの存在を感じさせる独特の写実描写
菊池容斎(1788-1878)狩野派・高田円乗師事、有識故実研究の他幅広い流派を学ぶ
北山寒巌(1767-1801)洋風画家、父の馬道良に学ぶ、別称樊泥亀
黒川亀玉(2代)(1754-1814?)別芙蓉山人・清風館、画業未明、初代亀玉は沈南蘋の画風を独学
黒川亀玉(3代)(不明-不明)亀玉三代目の絵師で、右膳徳邦と称した
桑山玉洲(1746-1799)文人画家・美術評論家、池大雅らと交わり南画を描く、独特の南画論展開
啓孫(不明-不明)「啓孫」を捺した作品は近世の画譜類ですべて祥啓の作品とされる。
酒井道一(1845-1913)山本素堂の二男、鈴木其一に琳派を学ぶ、雨華庵三世酒井鶯一の養子
酒井抱一(1761-1828)狩野派など広く学んだが光琳に傾倒し、光琳を基礎とし独自の画風
山東京伝(1761-1816)戯曲者・浮世絵師、北尾重政に学び北尾政演と名乗る、山東京山は弟
☆鳩斎栄里(不明-不明)浮世絵師、鳥文斎栄之の門人、☆は「尸」+「鳥」、鳥橋斎栄里と同一
司馬江漢(1748-1818)洋風画家・蘭学者、日本で初めて腐蝕銅版画制作に成功、鈴木春重と同一
柴田真哉(1858-1895)柴田是真の子、日本青年絵画協会発起人、黒川真頼に入門、38歳で自刃
柴田是真(1807-1891)日本画家・工芸家、南嶺に学ぶ、蒔絵で青海波塗り復活、帝室技芸員
島琴陵(1782-1862)江戸で人をあやめたため長崎へ逃げたとされる。師は定かでないが南蘋風
清水天民(不明-不明)市川君圭・岸駒に学ぶ、『雲遊文蔚』に文晁・江漢らと挿図を描く
諸葛監(1717-1790)唐画の上手とされ南蘋風の作品に定評があった、号静斎・湖南
鈴木其一(1796-1858)酒井抱一の実質的な後継者で絵のほかに俳諧や茶も学んだ
鈴木守一(1823-1889)其一の子、父に絵を学び20歳で跡目を継ぐ、父同様に描表装作品も得意
住吉具慶(1631-1705)住吉如慶の子、幕府御用絵師、丸顔の愛らしい人物表現を特色とした
住吉弘定(1793-1863)住吉廣尚の弟、大横物を得意とし晴川院のもとで江戸城障壁画制作
住吉廣尚(1781-1828)廣行のあとを継いだが48歳で没した、和画の鑑定をよくしたと伝わる
住吉廣守(1705-1777)住吉廣保の子、御用絵師、小石川御箪笥町に町屋敷
雪村周継(1504?-不明)禅僧・画僧、三春に雪村庵を構え奇態な人物描写や波の表現を完成
宋紫山(1733-1805)宋紫石の子、父の画法に忠実に従った、尾張藩御用絵師
宋紫石(1715-1786)南蘋派の文人画家、態斐・宋紫岩に学ぶ、余白を多くとった軽く明るい画面
大文字屋市兵衛(1777-1846)三代、大文字屋は江戸新吉原京町の妓楼で抱一のパトロン的存在
立原杏所(1785-1840)文人画家・水戸藩士、林十江とならんで水戸南画を代表する絵師
建部巣兆(1761-1814)山本龍斎の子、細密画もあるが作品の多くは俳画、号秋香庵・小簔庵等
田中訥言(1767-1823)土佐光貞に師事、復古大和絵派の祖と呼ばれる
谷文一(1787-1818)号痴斎、文晁に師事し養子となるが、32歳で死去
谷文二(不明-1850)号萍所、文晁の長男
谷文中(1817-1876)谷文二の長男で跡目を相続
谷文晁(1763-1840)文人画家、号写山楼等、谷麓谷の長男、江戸民間画壇最大の画派を率いる
月岡芳年(1839-1892)浮世絵師、国芳門、別名大蘇芳年、極端に縦長の画面を活用した錦絵
椿椿山(1801-1854)文人画家、清国・張秋谷の画法を研究、崋山の写実的肖像画技法を継承
天龍道人(1718-1810)長崎で医学を学び、熊斐に絵を学んだ、鷹や葡萄を得意とした
董九如(1745-1802)宋紫石に入門、本多丹下成賢の三男
遠坂文雍(1783-1852)号雪堂・十友園等、谷文晁に学ぶ
土佐光成(1646-1710)土佐派の絵師、光起の子、号常山
戸田忠翰(1761-1823)大名、島津藩主戸田忠寛の長男、号蘭徳斎・粛亭
魚屋北渓(1780-1850)浮世絵師、葛飾北斎門では北馬と並んで双璧とされる、別号扶斎・癸園
鳥居清忠(2代)(不明-不明)浮世絵師、鳥居派宗家四代鳥居清長の門人とされる
長尾文岱(不明-不明)名雄溪、号紫溟堂、下谷車坂下町に住んだ
西川祐信(1671-1750)京都を代表する浮世絵師、流麗な筆線で柔らか味のある美人画を残した
沼田月斎(1787-1864)浮世絵師・尾張藩士、牧墨僊・葛飾北斎門とされる、肉筆美人画が多い
野口幽谷(1827-1898)文人画家、帝室技芸員、椿椿山に師事、別号和楽堂
野崎真一(1821-1899)抱一門の石垣抱真の子、鈴木其一に師事、抱一風の画を継承した
長谷川雪旦(1778-1843)雪舟十三代を名乗る長谷川雪嶺に学ぶ、叙法橋、唐津に画事記録が多い
長谷川雪堤(1813-1882)父長谷川雪旦に学ぶ、号梅紅・巌松斎
春木南溟(1795-1878)文人画家、父南湖の画法を継いで山水花鳥を描く、別号耕雲漁者、
菱川宗理(不明-不明)浮世絵師、北斎初期門人、宗理期北斎に酷似の繊細で清楚な美人画を踏襲
藤田錦江(不明-不明)出羽国庄内藩酒井家藩士、宋紫石の門人とされる、号景龍・赤城・葉亭
抱亭五清(不明-1835)浮世絵師、北斎門人とされる、痩身の肉筆美人画を多く描いた
北泉戴岳(不明-不明)二代葛飾戴斗門人あるいは北斎門人、号は戴岳・溪斎・雲鶴・北泉・卍など
水野廬朝(1748-1836)旗本、北尾重政の門人とされる、良質な絵具で描かれた肉筆美人画が多い
源鸞卿(1729-不明)名は義和、字は翩之、別号隴南・黙亭、一説には山本又三郎とも言われる
山本光一(1843?-1905?)山本素堂の長男、弟は酒井道一、雨華庵三世の酒井鶯一門下
渡辺玄対(1749-1822)長崎で清人に画を学び南蘋風をよくする

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