赤羽に残された日本刀「赤羽刀」のロマンに迫りつつ、刀剣の魅力を語る...予定。

赤羽刀 その美と狂気

JR赤羽駅東口を出て近代的なビル群を見上げながら、左手の大通りを渡ると昔ながらの飲み屋街がある。その中でも一際賑わいを見せているのが「OK横丁」である。このどこか時代がかったハイカラなネーミングの横丁は、なんの変哲もない短い通りなのだが、新しいカフェや古びたスナックが共存し、若い女性や手練の酔客たちが入り乱れて盛り上がりを見せている。まさに美と狂気が入り乱れての競演である。そんな光景を見ながらこの横丁を歩いていると、私は数奇な運命を辿った美術品「赤羽刀」のことに思いを馳せずにはいられなくなるのである。

それは今から60数年前、日本が終戦を迎えた1945年9月のことである。当時日本を占領していた連合国軍(GHQ)は、武装解除の一環として全国から刀剣を集め、当時赤羽にあった米軍の武器倉庫に収納した。その中には美術的価値の高い名刀も含まれており、このまま名刀が朽ちてしまうことを憂えた関係者の働きかけにより、2年後、名刀は元の持ち主に返却されることになった。しかし、その多くは所有者が不明で、1995年に全国の博物館に譲渡されるまで公開されることはなかった。優れた美術品でありながら武器という宿命を併せ持ち、図らずも数奇な運命を辿ることとなったこの刀剣群を、人々は総称して「赤羽刀」と呼んだ。

この「赤羽刀」サイトは、刀剣の美術品としての価値を想い、現代における刀剣のあり方を考え、また時代がかった酒場の賑わいを偲ぶ「赤羽党」の語らいの場である。

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